大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和52年(行ウ)90号 判決

原告 市村栄一

被告 芝税務署長

訴訟代理人 宮北登 磯部喜久雄 ほか二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一  請求原因一、同二の1、被告の主張一の各事実並びに請求原因二の2のうち〈二〉の部分を除くその余の事実は、いずれも当事者間に争いがなく、右〈二〉の部分、すなわち原告と賃借入らとの間に原告が賃借人の債務不履行以外の事由により賃貸借契約を解除した場合は、原告は償却費相当額を含め保証金の全額を返還するとの合意の存在した事実も、〈証拠省略〉によつてこれを認めることができる。〈証拠省略〉、は右認定を覆すに十分でない。

二  そこで、本件保証金のうちの償却費相当額が原告の昭和四九年分の収入となるかどうかについて判断する。

所得税法は、その三六条一項において、いわゆる権利確定主義を採用しているが、同法が権利確定主義を採用した趣旨は、課税にあたつて常に現実収入のときまで課税することができないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を期しがたいので、徴税政策上の技術的見地から、現実収入前であつても収入の原因となる権利の確定した時期をとらえて課税することとしたものと解される。この趣旨にかんがみれば、自己の権利に基づいて現実収入を取得し、既にその経済的利益を享受しているとみられる場合には、右取得の終局的確定が将来にかかつていても、その取得のときにおいて収入が発生したものとして所得を計算すべきである。

そこで、本件をみると、前記の事実によれば、本件保証金中の償却費相当額は、原告においてこれを賃貸物件の償却にあてうるものとして賃借人らから収受し、以来、原告がこれを自己の所有として自由に利用処分することができたものであることは、明らかである。もつとも、右償却費相当額は、契約終了時において賃借人の未払賃料等の額が残りの保証金の額を超えていた場合にはその限度で右賃料等に充当されるものであるし、また、原告が賃借人の債務不履行以外の事由によつて契約を解除した場合にはその全額を賃借人に返還しなければならないものであるから、その限りにおいて、契約が終了するまでは、原告が右償却費相当額を償却費として最終的に取得しうることが確定したということはできない。しかしながら、右の未払賃料等への充当又は全額返還といつた事態は、はたしてこれが起りうるものであるか否か、また、いついかなる程度において発生するか等が保証金の預託時においてはまつたく不確定なものであつて、これらの事由により原告が現に保有している償却費相当額の利益を失うに至るというのは単なる抽象的・未必的可能性であるにすぎない。かかる状況のもとに原告が右償却費相当額をその預託時より事実上自由に利用処分しうる以上、これによつて現実に右額に相当する経済的利益を得たものとして、その取得の最終的確定を待つまでもなく、右預託のあつた昭和四九年中の収入として取り扱うのが相当である。

原告は、右のように解すると、将来償却費の収入が得られなかつたときの救済手段がないと主張するが、そのような場合は、所得税法五一条二項の規定により、償却費の収入が得られなかつたことに伴う損失として、その損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額の計算上、これを必要経費に算入することができるのであり、救済手段がないという主張は理由がない。これに対し原告は、必要経費に算入するにしても、納付した税額に対する利回りについての救済がどのようになるか明らかでないと主張するが、現実収入主義をとらず権利確定主義をとる現行所得税法のもとでは、後日償却費収入を得られなくなつたからといつて、先に発生した所得がなかつたことになるものではなく、したがつて、それに対する納税義務が遡及的に消滅するものでもないから、納付税額についての利回りを云々する原告の主張は失当である。

よつて、本件償却費相当額合計一七九万円を原告の昭和四九年分の不動産所得に係る総収入金額に算入した本件更正処分は、なんら違法ではないといわなければならない。

三  以上のとおりであるから、本件更正処分に原告主張の違法はない。

よつて、原告の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤繁 川崎和夫 菊池洋一)

別表〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例